「手取り15万円サラリーマン」が脱サラ起業して「年商1億円経営者」になったストーリー

はじめまして、佐山です。

このページでは、

・手取り15万円サラリーマンから年商1億円になるまでのストーリー
・僕が「脱サラ研究所」を立ち上げた理由
・あることを知らないと、脱サラしたとしても、お金をたくさん稼いだとしても、100%不幸になってしまうという話
・普通のサラリーマンでも、たった6ヶ月で脱サラを達成してしまう「次世代の脱サラ戦略」

についてお話ししていこうと思います。

手取り15万円から年商1億円になってみて

僕は24歳の頃にビジネスをスタートし、
今は東京でIT企業の経営をしています。

27歳なので、ビジネス歴は3年くらいです。

会社としては
2020年に年商で『1億円』を突破し
いよいよ軌道にのってきたな〜という感じです。

会社の事業内容としては、
WEBサイトやWEBページをつくったり
SNSからお客さんを集めて他社さんの商品を代わりに販売したり
ビジネスのブログや恋愛のブログを運営していたり。

また、サラリーマン向けにビジネスを教える学校の運営にも携わっていて
これまで『150名以上』の生徒さんを指導してきました。

その中で、
副業で月収70万円を達成された方
サラリーマンをやめて起業された方
初月から5万円稼ぐ高校生など
多くの生徒さんの経済的自立のサポートをしてました。

最近は朝起きたらMacBookAirを持っておしゃれカフェに行って
コーヒーを飲みながらまったり記事を書いたり、
昼間は経営者さん達とゴルフにいったり、
夜はビジネス友達とキックボクシングに明け暮れたり、
夜中にマッサージいってリフレッシュしたり。

また、ど平日から旅行に行ったりもできるので
ビジネス仲間と旅行を楽しんだり、
素敵な女の子とデートを楽しんだりもしています。(週5でデートしてた時もありましたw)

他にも箇条書きで書いてみると・・・

  • 今まで作った総コンテンツ数は1000を超える
  • ビジネス系と恋愛系2つのメディアを運営中
  • マーケティングとコピーライティングを徹底的に学ぶ
  • 月に2回世界各地のトライアスロンの大会に出場するガチスピリチュアラーの資産数百億レベルのおじさんから人生の極意を学ぶ
  • 数週間~数ヶ月ごとに世界各国を移住して1秒も働かずに自動で年収1億円稼ぐ超絶イケメン社長から引き寄せの法則を学ぶ
  • レベルアップのため地元の栃木から東京へ引っ越す(今は豊島区住み)
  • 24時間365日自分の好きな時間に充てられる
  • ビジネスを始めるまで被害者意識人間だったが、人生は自分次第でいくらでもコントロールできることに気づき自信がつく
  • プライド高すぎわろた人間だったが、世界の広さを知り素直になった
  • 毎朝スマホのアラームをOFFにしてキレながら出勤してたけど、起業してからは自分の好きな時間に起きられるように
  • 家で仕事ができるので、職場まで毎日往復1時間かけて通う必要もなくなった
  • 職場での無駄な人間関係のストレスを抱えることがなくなった
  • 会社員時代は仕事が暇すぎてクソつまらなかったが、今はやりがいしかなく仕事がバチクソ楽しい
  • パソコン1台で仕事ができるのでカフェや公園、気まぐれで青山のオフィスにいってパソコンをカチャカチャしながら仕事する
  • 海外旅行、歴史(戦国時代オタク)、音楽鑑賞が趣味
  • 好きなアーティストはONEOKROCKとMr.ChildrenとK-POP全般
  • 知識を身につけるために今まで自己投資した金額は300万以上
  • 心理学、脳科学、スピリチュアル、量子力学を6年以上学んでいる

 

こんな感じで起業してから人生が激変しました。

怪しいですよね。

確かに僕も最初はこんな感じの話を聞いて、
「絶対嘘やん、ありえねーわ」とか
「どうせ起業してうまくいってる人って
早稲田とか慶應のエリートだけでしょ?」
といった感じで全く信じられませんでした。

ですが「起業の世界」という
自分の知らなかった世界を知れば知るほど
「あれ、本当は俺にも無限の可能性があったんや」
ということに気づいたんですね。

サラリーマンをやっていた時は
本当に視野が狭かったなと実感しています。

それは、
今でこそ起業してちょっとした成功を収めた
僕も、   
元々は手取り15万のダメダメ社畜だったからです。

同じミスを3回やるのが当たり前だったので
毎日上司に怒られまくったり、
お金がなさすぎて5本100円のバナナで
1週間しのいだこともあったり、
家族や友達と100円200円を巡って喧嘩したり、
デートを某激安チェーン店の
ご飯屋で済ませたら彼女にドン引きされたり…。

仕事もできなければ、金もない。
そしてモテない、友達もいない、その上プライド鬼高い…。

成功とは程遠い、凡人以下の人間でした。

だからこそ、ビジネスと出会い、
「こんな世界があるんだ!」
ということを知った時は本当にうれしかったですね。

最初こそ「うさんくせーな…」なんて思いましたが、
結果的に脱サラ起業に成功し、
経済的にも時間的にも、そして精神的にも
自由な生活を手にしました。

ゴミクズのようなサラリーマンだった僕が
人生を劇的に変えることができたのです。

今は情熱を持って取り組める仕事や
共に高め合える仲間に恵まれていまして
本当に幸せです。

そういった経緯から僕は、
昔の自分と同じサラリーマンの方へ向けて
経済的自由を手に入れるため
の情報をわかちあうことで、共に最高の人生をつくっていきたい
そういう理念を持って、この発信をしています。

人生お金だけではありませんが、
現状お金がないのであれば
まずは経済的な自由を手に入れることが最優先。

なぜなら、お金があれば今ある悩みは全て解決できるから。
その理由は後々解説していきたいと思います。

で、人生を最高に楽しんでいくために
お金の自由を手に入れることは序の口中の序の口。

だからこそ、まずは、
「お金を稼ぐのなんて当たり前。」
そういった価値観をもって欲しいなと思います。

その先に、
最高のパートナーに出会えたり
最高の趣味に出会えたり
多くの人の感謝されて最高の気分を味わえる社会貢献活動ができたり、
もっともっとワクワクして、
もっともっと楽しいステージが待っているから。

僕も、ただの小金持ちで終わる気はさらさらないですからね。

このブログを通して一緒に高めあったり
時には海外旅行行ったり楽しめる、
そんな深い関係地を築いていける仲間ができたらいいなと思ってます。

ぜひ僕と一緒に最高の人生をつくっていきましょう!

そして今後この発信を見ていただく上で、
僕の詳しい経歴を知っていただければ
内容もスッと入ってきやすいと思います。

ということで今回は、
僕がどのようにして年商1億企業の経営者になれたのか?

少しばかり過去の物語を共有していこうと思います。  

失声症をこじらせて社会から断絶されていた暗黒の少年期

まずは僕の原点から。

僕は1993年に栃木のド田舎で生まれ育ちました。

で、正直、幼稚園から高校卒業くらいまで
あまりいい思い出がありません。

そのきっかけが
幼稚園の時に失声症を発症する
という出来事でした。

失声症とは、ある一定の場所に行くと
途端に声を発せなくなる精神病です。

僕の場合、学校で声を出せなくなりました。

きっかけはうっすらとしか覚えていないのですが、
幼稚園の友達から
「お前変な声だな!」
というニュアンスの言葉を浴びせてきた記憶があります。  

その時、強い精神的ショックを受け、    
次の日から幼稚園で話そうと思っても、
全く声が出なくなったのです。    

それ以前の写真の通り
変顔が大好きな明るい少年でしたが、

この出来事をきっかけに
僕の人生は闇深いものとなっていきました。

友達とも先生とも喋りたくても喋れません。

僕は塞ぎ込みがちになり、
家族以外の誰ともコミュニケーションを
取れなくなってしまいました。

これが中学卒業まで続き、
15歳まで事実上
社会から断絶された人生を送ってきました。

本当は友達とも仲良く喋りたかったし
先生と仲良く話しているクラスメイトを見ると
本当にうらやましかったですね。

喋れない自分が嫌いで仕方がありませんでした。

伝えたいことも満足に伝えられないのは
ものすごく苦しかったです。

そんな感じだったので幼稚園では
秒でいじめの餌食になりました。  

「おい、しゃべってみろよー!」
「うわ、こいつしゃべれない!おばけだー逃げろー」みたいな。  

ついには担任の先生にまで
「何であんたは喋れないの!」
と怒鳴りつけられるという、
まさにカオス状態。

「なんで僕は普通の子みたいに喋れないの?」
と泣きながら母に悲しみをぶつけていた記憶が蘇ります。

で、いじめのトラウマから人を近づけないように
常に殺人鬼のような目つきをする癖
がついてしまいました。

それ以降「こいつに近づいたらやばい…」と思われていたのか、
今度は逆に誰も近づいてこなくなり
僕は完全に孤独になってしまいました。    

孤独はものすごく辛かったですね…。

中学の時にはPSPのモンハン2ndが流行っていて
クラスメイトが友達と一緒にモンハンをしている話を聞くと、

「クソ、何が友達だ、ちきしょー」
「俺は1人でもティガレックス倒せるし」

とか思ってましたけど、   
本当は僕も友達と協力してティガレックス倒したかったです。    

そんな自分の将来に希望を見出せず、
「もう生きてても何も面白くない…」
と自殺も考えたこともありました。

一応、高校進学と共に失声症は克服したのですが、
15年間も社会から断絶されていたのでコミュ障をこじらせ
友達ができなくて本当に辛かったです。

こんな感じで闇深い少年時代を過ごしていました。

今でこそ自信がついたので
この闇エピソードもあっさり話せますが、
それまでは本当に思い出すことすら嫌な過去でしたね。

念願の大学デビュー。そして周りとの金銭感覚のギャップ

やがて僕は大学に入学しました。

今までの暗黒時代からなんとか抜け出したい…
その思いで大学に入る前の春休みに
陽キャになるために猛烈な下準備をしていました。笑

ネットでイケてる髪型にセットする方法を調べたり
女の子にモテるトークを学んだり…etc

その結果、大学デビューに成功!

陽キャのグループに入ることに成功し
順調に彼女のもできて
サークル活動も順調でした。

・・・ただ、

僕の中での新たなコンプレックスが
生み出されることとなりました。

それが、
お金へのコンプレックス
です。

というのも、
元々そこそこ裕福な家庭だったところから
高校1年生の時に両親が離婚し、
母子家庭の貧困層へ転落してしまいました。

父は、母についていった子供の
養育費の支払いをまさかの拒否、
さらに収入は母がパートで稼ぐ月15万円ほどの給料と
市からのカスみたいな手当だけ。

僕は4人兄弟なのですが
4人全員が母についてきたので
家族5人で築40年の家賃3万の
オンボロマンション住まいになってしまいました。

ぶっちゃけ高校の時は友達もいないし
遊ぶ金も全然必要なかったので貧乏であることを
それほど気にしていませんでした。

ただ大学に入って多くの友達や彼女と過ごしていくうちに
段々と違和感を感じ始めました。

なぜなら、
周りの友達には全員「お父さん」がいて、
当たり前のように親からお金をもらっていたからです。

周りの友達はしょっちゅう飲みに行ったり
サークルや恋人と旅行行ったりしていたのですが、
僕だけお金がなくて飲みにいけなかったり、
旅行にいけなかったりというのが
頻繁に起こりました。

その結果、僕はお金に対する強いコンプレックスを抱くようになってしまいました…。

その最大のきっかけが「恋愛」だったと思います。

当時付き合っていた彼女がいたんですが、
その子がかなりのお嬢様でした。

好きなものはなんでも買いやー
と毎月大量の仕送りをもらい
さらに好きなものを好きなだけ買ってもらっていました。

その姿を見て僕は妬む気持ちが抑えきれず
「お前、何でもかんでも買ってもらって調子乗んなよ?」
と言ってしまったこともあります。  

ゴミ野郎ですね。

ただ、そんなゴミみたいなことを言う僕に対してその子は
「〇〇(僕の名前)の気持ちも考えないで、ごめんね。」
と言える、本当に心の優しい子でした。  

僕はそんな彼女が大好きで、彼女の笑顔が見たくて、
わずかに残るバイト代をすべて彼女のためにつぎ込んでいました。

当時クリスマスで、彼女へプレゼントを
買ってあげたいと思っていたのですが、
金がなさすぎて余裕がありませんでした。

「どうしよう…」と思っていたそんな時、
母と祖父母が“成人式の準備”にと、
“2万円”をくれました。

僕はその2万円をもらった時、

「パチンコでこの2万円を増やして、
彼女のクリスマスプレゼントを買って、
んで俺のスーツももっといいやつを買おう!」
というアホすぎるアイディアを考えついてしまいました。

これが僕の人生を崩壊させることに。

結果、2万円全てスラれました。

気づいた時には僕は「クソが…!!!」と、
パチンコ台に本気の右ストレートをかましていました。

追い詰められていた僕は、そのままでは終われず、
学費を払うためにバイトをして溜めていた貯金を
コンビニでおろしてしまい、
またパチンコ屋に行ってしまったのです。  

3日間通い続け、12万円負けました。  

自分のクズっぷりに怒りが爆発し、
悔しくて情けなくて、
車の中に戻って泣きました。

超貧乏なのに大学まで行かせてくれた母のことを考えると、
涙が止まりませんでした。

その後僕の心はどんどん沈んでいき
彼女が僕のことを心配してくれて
「どうしたの?元気ないね?」と声を掛けてくれても、
「いや別に…」と突き放すようなことまでしていました。

その後、僕はパチンコで負けた金額を埋めようと
一心不乱でバイトに行き、働き続け、
心配してくれていた彼女に連絡せず放置してしまったのです。

ある日、久しぶりに彼女にLINEを入れました。

返信が来て、僕はそこで“心臓を鷲掴み”にされたような感覚に陥りました。  

 

「もう無理、完全に冷めた。別れてほしい。」  

 

もはや何も言い返す言葉はありませんでした。

「わかった、今までありがとう。」
それだけ言って別れたのを覚えています。

その後、僕は怒り狂いました。  

「プレゼント買うために俺はパチンコをやるしかなかったんだ…!」
「あの女は俺を裏切りやがった。全部あの女のせいだ…」と。  

自分のせいでお金を無くし、
貧乏になっていることが自分の責任だと認められず、
全て彼女のせいにしていたんです。  

本当にゴミクズのような人間でした。

・・・ただ、

後日別れた彼女と、
僕との共通の友達から衝撃の真実を聞かされました。  

彼女は僕の友達に

「〇〇(僕の名前)が私のためにたくさんバイトをやったり、パチンコに行ったりして、すごく苦しませちゃった。私のせいでどんどん荒んでいく〇〇(僕の名前)を、私はもう見ていられない。別れてあげるべきなのかなぁ…。」

と、泣きながら相談してきたことを、
友達から聞かされたのです。

彼女は、僕がパチンコに行っている理由も、
僕が死ぬほどバイトをやっている理由も、
全てお見通しでした。

彼女は僕以上に苦しんでいたでしょう。

そうとも知らず、僕は彼女を罵り、
しかもそれをその友達に愚痴ってしまいました。

この時以上に死にたくなったことはありません。
僕の人生で最大の後悔です。 

そして確信しました。

 

「結局、金が全てじゃねぇか…」

お金へのコンプレックスが確固たるものとなった瞬間でした。

 

もちろんお金が全てでは無いと思います。
お金によって人生が破滅している人もいますしね。

でも、現代の日本の資本主義下においては、
お金がなければ誰も幸せにさせてあげられないのも事実。

愛があったとしてもお金がなければ
本当の意味で相手を幸せにすることは出来ないんですよね。

くつがえしようのない事実です。

それに目をそむけてはいけないことを教えてくれました。

確かに、僕は人よりお金のコンプレックスがひどかったと思います。

だからこそ、
今こうして多くのサラリーマンの経済的自由をサポートする活動ができているんだなと。

そんな今の僕があるのは間違いなく
当時お付き合いさせていただいた素敵な女性のおかげです。

見ているかどうかはわかりませんが
この場を借りてお礼を言いたいと思います。

僕と出会ってくれて本当にありがとう。

このままサラリーマンやってら死ぬやん…入社1年目で思い知る

次はサラリーマン時代の話です。

大学を卒業後、日産のカーディーラーの営業として就職しました。

そこで僕は入社1ヶ月で、
社会の厳しさを叩きつけられることになりました。

毎日朝8時に起きて出社。
そして残業を強要され帰宅時間は22時。

毎日リポD飲まないと乗り切れないくらい、クタクタでした。

さらに手取りは15万。

会社から買わされた車のローンと
家賃と奨学金の引き落としで
月に使える生活費は4万円しか残りませんでした。  

サラリーマンは頑張りも報われないことを知りました。 

ある月にかなりいい営業成績をあげ、
利益で500万以上あげ他のにも関わらず、
給料に反映されたのはたったの2万円でした

搾取がエグいですね。笑

会社員はどれだけ頑張っても報われない
という
残酷な現実を叩きつけられました。

そんなサラリーマン生活をしているうちに
命の危機を感じるエピソードがありました。

僕は本当に営業成績が悪く、
営業マンの年間販売台数の平均が
「30〜40台」だった中で
おそらく当時の過去最低記録であろう
年間販売台数「7台」という伝説を残すほどでした。笑

そんな車が売れない僕に対し
上司がブチ切れる毎日を繰り返すうちに
ストレスが溜まっていたんでしょうね。

ある日ショールームで接客をしている時
顔面から足先にかけて左半身の感覚がないことに気付きました。

「ん、なんだこれ…?」

ただ仕事中に休憩するわけにもいかないので
仕事を続けたところ
それは次第に「麻痺」に変わっていきました。

そしてついに立つことが困難になり
ショールームでぶっ倒れました。

「あ、俺死ぬんだ。」
ガチで思いました。

幸いなことに、麻痺の原因は
ストレスだったので一命は取り留めましたが、
「ちょまって、このままサラリーマン生活を続けたら100%死ぬやん俺…。」

命の危機を感じましたね…。

とはいえ、なんの解決策も思いつかなかった僕は
相変わらず体を酷使して仕事に通う
ろくでもない人生を歩んでいました。

人生のターニングポイントを迎えた24歳の夏

 

そんなサラリーマン生活に
限界を感じていた24歳の夏の日、
人生のターニングポイントを迎えました。

ネットサーフィンをしている時でした。

僕はサラリーマンの時に『ネットビジネス』『年収1億円』稼ぎました!

というブログを見つけたのです。
僕が初めてビジネスの世界を知った瞬間でした。

「ファ!?サラリーマンが年収1億?ネットビジネス?ナンジャソリャ…?」

うさんくせーなーと思い一旦はパソコンを閉じましたが、
なんだかんだ興味をもった僕は
後日改めてネットビジネスについて検索して調べてみました。

すると・・・

・年間の労働時間10時間で年収3億円稼いでる26歳もいる
・世界中を旅行しながらパソコン1台で年収1億円を稼いでいる自由人もいる
・趣味の延長で年収5000万を稼いでいる超美人な女性経営者もいる

 

「なにこの世界、素敵すぎるんですけど…。これ俺の人生変えられるんじゃね?!」
そう感じた僕のテンションは上がりまくりでした。

一刻も早くお金を稼げるようになって人生を変えたい!
ウズウズしていた僕はネットビジネスを始めることを決意。

早速、ネットビジネスを知ったきっかけになった人が運営していた
ビジネスを学べるスクールに20万円で参加。

お金がなくて、人生初のリボ払いをしたので
手をガクブルさせながら決済ボタンを押したのを
今でも覚えています。笑

「よっしゃ、人生変えたるで!」

ネットビジネスで大金持ちになって
クソみたいなサラリーマン人生から抜け出せるかもしれない…
そんな期待を抱え、希望に満ち溢れた状態で
僕のビジネスはスタートしました。

 

・・・しかし

 

1ヶ月たっても、3ヶ月たっても、半年たっても一向に稼げるようになれませんでした。

残業がエグかったので22時に帰ってきて夜中3時まで作業。
で、8時に起きて22時に帰ってきて、また3時まで作業。

こんな生活を半年間も続けたのにも関わらず、
1円たりとも稼ぐことができませんでした。

「ネットビジネスって稼げるんじゃなかったのかよ、だまされたわ。」
「こんなに頑張ってるのに…結局俺の人生ってダメダメで出来てるんだ。」
再び僕の人生はどん底に落とされました。

ついに念願の脱サラを果たし、人生が激変した起業時代

ただ、今思えば僕が稼げなかった原因は明白で、
「お金を稼ぐこと」をなめていたんですよね。

その時の僕は全然勉強をせず
ただ闇雲に作業を繰り返し、
“俺やってるぜ感”を出してドヤっていただけ。

「俺は他のザコ共と違ってビジネスやってるぜ!」
と謎に意識だけが高い、くそイタいやつでした。笑

ビジネスに限らず、
何事も上達するのであれば、

「真剣に勉強をする必要がある」

小学生でもわかるような当たり前のことに
気づけないままくすぶっていました…。

そんな僕の目を覚ましてくれたのが、

20代にして月収400万円を
1秒も労働せずに稼ぐ起業家
『王騎さん』でした。

最初に彼と会った時の印象は、
オーラハンパない
トークくそ上手い
めちゃめちゃ頭いい
と言った感じでした。

なので、僕は、
「どうせこの人は元々頭が良くてセンスがあったんだろうな。しかもイケメンだし。」
と勝手に決め付けていました。

しかし、彼から直接話を聞いて
僕の認識は180度変わりました。

というのも、
元々は王騎さんも僕と同じ手取り17万円のサラリーマン。

そして、ビジネスで結果を出すために
死ぬほど勉強していたのです。

  • サラリーマン時代は睡眠時間を3時間にしてビジネスの勉強に打ち込んでいた
  • 師匠の音声を、暇さえあれば四六時中ずーっと聞いていた
  • 尊敬する人のコンテンツは教材だろうが音声だろうが全部買って、内容を暗唱できるレベルまでインプットしている
  • 本は1ヶ月で100冊以上読んでいる

という、
エゲツない学習量と経験を積んでいた努力家でした。

僕はビジネススクールで配られたコンテンツなんて
せいぜい1回観るくらい。

それで「結果出ない…」と言ってへこむという
本当に残念なやつでした…。笑

ただ、

「ここまで勉強すれば稼げるようになるのか」

という『人生を変えるための基準値』
を知ったことで熱が入り
猛烈にビジネスの勉強を開始しました。

その後、王騎さんに弟子入りし、
愚直に学んでいった結果、
「どうすればお金を稼ぐことができるのか?」
その全貌がわかるようになってきました。

学べば学ぶほど見える世界が広がり、
それに伴い結果もついてくるようになりました。

「ちゃんと勉強すればお金稼ぐのって余裕やん。ビジネスめっちゃおもろ!」

ルールさえ覚えてしまえば
お金を稼ぐことはそう難しいことではなかったのです。

そして、半年もしないうちにビジネスで月収20万円を超え
念願の『脱サラ』を達成。

その後、起業してビジネスに打ち込んだ結果、
僕は26歳にして月収が50万円
多い時では85万円を超えました。

 

「俺はあいつらに勝ったんだ…!」

僕をザコ扱いしてきた元職場の上司や友達の収入をゆうに超え
嬉しすぎて何度もガッツポーズしたのを覚えてます。

 

その後、2020年には事業全体で
『年商1億円』を達成。

今は次の目標
『年商5億企業をつくる』
『海外を3ヶ月ごとに移住してまわる人生を送る』

これらを達成するためにバリバリ仕事に打ち込んでいます。

僕ら20代30代の人生の可能性をつぶしている強大な敵

僕は知っていただいた通り、
本当にろくでもない人間でした。

超絶コミュ障で超絶貧乏。
人生になんの希望も持てなかったし
自信のカケラもありませんでした。

そんな僕でも
ビジネスの世界に出会い、
サラリーマンを辞めて起業したことで
年収何千何億のすごい人たちから直接話を聞けるようになったり
好きな時に好きな人と旅行に行けるようになったり
好きな時間に好きな場所でパソコン1台で仕事ができるようになったり
母に恩返しして喜んでもらえたり
人生をかけて取り組みたいと思える最高の仕事に巡り会うことができました。

色々苦しいこともありましたけど、
今は本当に幸せです。

・・・それに対して

僕はサラリーマン時代、
幸せを感じる瞬間が極端に少なかったことを覚えています。

起きる→労働する→飯食う→寝る
という短調な生活。

特に休みの日なんてひどいもんで、

昼13時くらいに起きて
近所の家系ラーメン食って
パチンコ行ってボロ負けしてブチ切れて
パチンコ台に右ストレートかまして
家帰って昼寝して夕飯食って
だらだらパチンコのYouTube見て
風呂入って寝る
みたいなクソルーティーンでした。笑

たまに
「俺なんのために生きてるの?」
みたいな感じになってましたね。

まさに「ただ生きている」という状態です。

まぁつまらん人生でした。

でも、少なくとも僕が今までに出会った
サラリーマンの方の9割はそんな感じなんですよね…。

山手線とか乗ってる20代30代のサラリーマンをみても
みんな顔が死んでますし、
どう考えても幸せそうには見えない。

みんなたった一度きりの尊い人生
を与えられているのに
とても残念なことだと思います。

でも、そうなってしまうのは仕方のないこと。

なぜなら、
日本社会がそういった若者を
作り出してしまう構造だからです。

みんなが働いて稼いだお金は全て会社の売り上げになり、
自分たちに入るのは働いた時間に対する「時間給」のみ。
さらに謎の税金が知らぬ間に引かれまくっている。

そういった自分たちの頑張りはどこへやら状態の
“搾取される仕組み”になっています。

それはつまり何を意味してるか?

奴隷です。

はっきり言います、
サラリーマンは、
日本社会の“奴隷”以外の何者でもありません。

で、これは日本の教育システムが
大きく関係しているんですよね。

今はだいぶ変わってきましたけど、
僕がガキの頃なんて
「先生のいうことは絶対で反抗したらボコボコにされる」
「宿題やらないやつはクズよばわりされ制裁を受ける」
みたいな感じでした。

そういった教育をすることで、
ただ言われたことだけしかこなせない
そして自分では何も考えられない
“思考停止人間”が生成されます。

企業にとっては
思考停止にさせた方が都合いいんですよ。

だっていうこと素直に言うこと聞いてくれるから。笑

つまり、日本の義務教育は
言われたことしかこなせない
優秀な奴隷(サラリーマン)を育てるカリキュラム
になっているということ。

で、現状多くのサラリーマンが洗脳に気づかず
思考停止で働かされ
生活できるかできないかのギリギリの賃金(給料)しか与えられず

“生き殺し”にされているというわけです。

僕ら若い世代20代30代の可能性をつぶし
幸せを阻んでいる敵の正体は
悲しきかな、日本社会だったんですよね。

「いや、そんなの嘘だ!」
と思うかもしれませんが、
これが事実なので仕方がありません。

僕も初めて知った時は本当に衝撃でしたし、
受け入れるのが難しかったです…。

もしかしたら今は
受け入れられないかもしれないですね。

ただ、すでに僕らが生まれた時から
こういう仕組みになっていたんだから
どうしようもないのも、また事実。

言ってしまえば、僕らは被害者です。

そして悲しいことに、
優秀な奴隷(サラリーマン)には進化も成長も輝きもなく、
上級階層に支配されて一生を終える…
そんな悲しい結末を迎えるしかありません。

会社をクビになったり、
激務に耐えられなかったことで
自ら命を絶ってしまう方もいますよね。

悲しいことに僕の学生時代の後輩やお客さんにも
そういった方がいました…。

本当に辛かったですし、
僕はそんな若者が増え続ける現状に耐えられません。

“死ぬ最後の瞬間”まで進化し続けろ!

だからこそ僕の発信を
みてくださっているサラリーマンの方には、
「さっさと奴隷(サラリーマン)から抜け出そうよ」
と声を大にして言いたいのです。

「奴隷(サラリーマン)制度」という鳥カゴ
から抜け出さない限り
自分本来の人生を生きられることはありません。

ただ言われたことだけをやって
生活費だけを稼ぐために体を酷使して、
日本社会に「お金」も「時間」も「労力」も、
全てを吸い尽くされて死んでいくだけ…

そんな日本社会にとって都合の良い
優秀な奴隷に成り下がるのは悔しいじゃないですか。

ありきたりな言葉かもしれませんが、
人生はたった一度きりしかありません。

だからこそ、
この記事を見ている方にはぜひ
奴隷から抜け出すチャレンジ
をして欲しいと思っています。

奴隷から抜け出した瞬間、
本当に素晴らしい人生が待ち受けているからです。

僕自身、
奴隷を抜け出して起業した結果、
本当に幸せな人生を手に入れることができました。

もちろん、
好きなものを買えるようになったり
母に親孝行ができるようになったり
好きな時に好きな人と旅行にいけるようになったり
平日からゴルフやキックボクシングに打ち込めたり
そういった外側の要因もありますが、

なにより、
死ぬまで“進化成長”したい
そういった成長欲求が常に溢れ出ていることが
幸せの根源なんだなと。

「死ぬ最後の瞬間まで進化し続けろ」
という大好きな言葉がありまして、

僕は何も起こらない人生より、
たとえ嫌なことや辛いことがあったとしても、
それを乗り越えて成長し、
自分を高めていける人生の方が何百倍も楽しいと思っています。

その中で、
収入が増えたり
出会う人の質が高まったり
異性同性問わずモテるようになったり
友達が増えたり
いける場所が増えたり

そうやってドラクエのようにガンガン成長して
楽しいことが次々に展開されていく人生、
まぁ面白いですし
これからもこういう人生を歩みたいです。

逆に、毎日同じことやって
なんの変化もない生活って暇ですし、
おもしろくないじゃないですか。

僕は昔のように
手取り15万しかもらえなくて
全然モテなくて、友達もいなくて
休みの日にラーメン食ってパチンコいって昼寝して終わって
情熱持って取り組める仕事がなくて・・・
そんなクソつまらん人生はもう二度とごめんです。

はっきり言って死んでいるのと同じです。

そして現代は、
サラリーマン以外の生き方なんて腐るほどありますし、
ぶっちゃけ脱サラなんて
正しい知識を得て、正しい努力をこなしていけば
マジで余裕です。

クズだった僕自身、
ネットビジネスを初めてたったの2年で
脱サラから年商1億円を達成できましたから。

で、冒頭でもお話ししましたが、
人生を楽しくするためにお金の自由を手にするのは必須。

お金があれば今ある悩みは全て解決できてしまいます。

言ってしまえば、
人生を最高に楽しんでいくために
お金の自由を手に入れることは
マジで序の口中の序の口なんです。

それをクリアしてしまえば、
もっともっと楽しいステージが待っています。

自分の仕事を応援してくれて
人生の伴侶と呼べる素敵な異性と出会えたり、
多くの人に喜ばれて
魂が震えるほどの社会貢献ができたり。

僕はそういった未来を想像するだけでワクワクしますし
ニヤケが止まらないです。笑

本当に未来が楽しみですね。

ぜひあなたも、
まずは経済的な自由を手に入れることで
自分自身の可能性を最大限に発揮し、
たった一度きりの人生をこれでもかというほど
楽しんで欲しいなと思っています。

そして今後、
『奴隷(サラリーマン)から抜け出して、自由で最高に楽しい人生を手に入れるための方法』
は惜しみなく全て公開していくつもりなので
ぜひ楽しみにしていてください。

王騎さんが手取り15万円のクソザコサラリーマンだった
僕の人生を劇的に変えてくださったように、

次は僕がこの記事を見てくださっているサラリーマンの方々へ
「人生を変えるチャンス」を与える番だと、
それが自分の使命だと思っています。

一緒に最高の人生をつくっていきましょう!

ちなみに僕が実際に6ヶ月で脱サラを実現したり(実際は5ヶ月ですが。笑)、コンサル生を4ヶ月で脱サラさせた、最新の脱サラ戦略を解説した電子書籍を無料でプレゼントしています。

これから6ヶ月以内に脱サラする具体的な戦略を学べますので、興味のある方はぜひ読んでみてください。

サクッと5分程度で読めると、読者さんの間で好評です。

 

僕は未来が本当に楽しみですし、
1年後自分がどうなっているかなんて、いい意味で全く想像がつきません。

これからも未来が想像できないくらい、
“死ぬ最後の瞬間”までガンガン進化成長して
この人生のお役目を全うして、
後悔のないくらい全てをやり切って
笑って死んでいきたいと思います。

それでは今回は以上になります。

最後まで見ていただきありがとうございました。

【脱サラ研究所】運営者:佐山